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矢沢永吉、50代の走り方。

第22回 アマチュアには、動機がない。








カミさんに「オレ、やる自信がない」と言った。
挫折感がガーッときてね、ぶちのめされた感じだった。
その時、カミさんがひと言ね、言ってくれた。

「あなたのメロディー、聞く度に素晴らしいと思う。
 絶対いつか認められるから、投げちゃだめ。
 もう一回やってみなさい」

「もう一回やってもだめなら、やめればいいじゃない」
と言った。それで、やる気になった。

もう、ホントに裸よ。
どう思われてもいいから、やりなおそう、と。



          『成りあがり』(矢沢永吉・角川書店)より





 

(※漫画家の板垣恵介さんの談話を、ひきつづきお届けします!)


【板垣恵介さんの談話・その3】


 25歳から30歳ぐらいまでの5年って、
 一般的には、たぶん、
 けっこうおもしろい時間なんだと思います。
 仕事もいろいろなことが起きる時間ですよね。

 でもぼくはその時期の5年間、
 情けないハナシですけど、たとえば、
 自分のお金で飲みにいったことは一度もなかった。

 年輩の方にごちそうしていただく、
 ということは何回かありましたが、
 自分ではとても行けなかった……
 そもそも、外で食べることが、ない。
 睡眠を削りながらマンガを描くだけでした。

 一回だけ、ものすごいお腹が減って、
 もりそばを頼んだことがありました。外食した。
 「うまいなぁ、たまにこういうのも、いいなぁ」
 と思ったその帰りに本屋さんに寄って、
 欲しかった5〜600円の資料を買えなかったんです。

 「あぁ、馬鹿なことをした!」
 痛感した……そういうお金に事欠いていました。
 年収で言ったら、200万円台でしたからね。

 しかも、その頃、もう家族がいましたから。
 25歳の時には、もう結婚してた。

 結婚して、子供もふたりいて、
 家族とのコミュニケーションもあって……。
 だから、働きましたよ。

 朝7時に起きて仕事に出て、
 帰ってくるのが夜の7時か8時。

 食事して、家族とちょっと遊んで、
 見たいテレビをちょっと見て、
 できれば9時、でもなかなか実行できないから
 10時か11時になるんだけど、机に向かって。

 それからは、朝の3時か4時ぐらいまで、
 コツコツコツコツ……。

 下積みの頃でも
 モチベーションを維持することって、
 ぜんぶ、矢沢さんから、学んだことですよ。
 「オレは、こういうことをやるんだ!」
 まず自分のやりたいことをみんなに言っちゃって、
 追いつめて、やらざるを得ないかたちにしちゃう。

 ぼくは、アマチュアの人たちもたくさん見てます。
 ぼくと一緒にマンガをはじめた人たちも、たくさんいる。
 でも、ほとんどが、ダメですよ。
 マンガの世界での成功って、例外ですから。

 じゃあ、その人たちの何がダメかと言うと、
 技術とか才能だとか、そういうことよりも、
 やっぱり、「環境づくり」なんだと思います。


 机をおいて、資料をそろえてというほかにも、
 「やらなかったら、大笑いだ」
 という自分への追いこみだとか、人脈も含めてが、
 環境を作っていくということだと思います。
 いい情報を教えてくれる仲間を持つ、とかね。

 と言いますのも……。
 人間、夢中になってる時間って、
 ほんとは、けっこう少ないと思います。

 ましてやアマチュアで、
 バイトやりながらマンガを描くなんて、
 「最高!」という状態は、めったに来ない。

 今はプロでやっているわけだから、
 人からほめられるし、お金は入ってくるし、
 モチベーションは、いくらでもあるわけです。
 でも、アマチュアには、何よりも
 モチベーションというものがない。
 ただ一方的に出していくわけですから、
 夢中になんて、なかなかなれない。

 人工的に、自発的にモチベーションを
 出さなければいけない時、日常は、しんどいです。

 自分への言葉は、もういつだって、
 「それじゃ、ダメだ!」ですもの。
 「てめぇ、何も結果を出してないじゃねえか!」
 収入のないマンガ家は、「道楽」ですから。

 マンガ家には、実は自殺者がとても多いですし、
 どこだって、亭主がマンガを描いて収入がなくて、
 なんていう家庭は、それはもう険悪なものですよ。
 それは、どこでも一緒。
 「あんた、何やってんの?
  ちょっと子どもの面倒でも、たまには見てよ!」
 そういう話に、それはもう、なってきます。

 ぼくは、
 「ここで手伝ったら、ダメになる」と考えてました。

 古くさいハナシかもしれないし、
 今どき、そんなのと思うかもしれないけど、
 手伝いはじめたら、サボる口実ができちゃうもの。

 開高健さんかどなたかが書いていましたけど、
 コロンブスがアメリカに行って、
 インディアンの集落を見てみると、
 みんなが働いているなかで、
 ひとりだけ、まったく働かずにいて
 誰もが、そのことを、
 とがめられない人がいたそうです。
 それが、酋長だった。

 「あなた、なんで働かなくていいの?」
 と酋長に聞くと、
 「あたりまえじゃない。
  わたし、戦の時には、先頭に行くもの。
  いちばん危険な場所に立つんだから」

 そういうエピソードを支えにして、
 いつか矢面に立つんだから、
 細かいことを言うな、って。
 当時、お金、ぜんぜん得てませんでしたが……。

 「男の高級品」みたいな、
 ナイフだとかそういう資料がたくさん載ってる
 カタログを手に入れた時には、
 お金がないまま、1500円か2000円か出して、
 それを買ったんです。

 ぼくは、お金がなかった時には
 かみさんから雑誌代をひっぱってたから、
 「まだ給料日までこんなに日があるのに、
  こんなものを買っちゃって……」
 「必要だと思うから、買ったんだよ!」
 大ゲンカになっちゃった。

 でも、その資料はとてもよくできていて、
 もう、使いまくったし、
 今でもたまに使うものなんですけどね。

 使うたびに、かみさんに言ってる。
 「また、使っちゃったよ」って。

 仕事場から家に電話してても、合間に言う。
 「あのさ、ハナシ変わるんだけど、
  あの本、また今日も使っちゃったんだよ?」
 「あなた、それ、もうワカったから(笑)」
 「大ゲンカしても、買ってよかった」
 今は、笑い話ですけれど。

 今になって感謝しているのは、
 ぼくと遊びたがるかみさんだから、
 「今日だけは遊んじゃおうよ」
 って、当時も毎日のように言う人だったんです。
 これが、助かった。

 たとえば、帰ってきて、
 さすがに、今日は疲れた!という日もあるわけです。
 平日は仕事をやって、土日もどちらかはバイトやってた。

 疲れて、ぐったりして帰って、
 「あー、もう、今日一日ぐらいは、もういいか?
  オレも毎日、よくやってるじゃないか」
 ごはんを食べて、ウトウトして、
 「今日はもう、寝ちゃっていいかなぁ?」
 と思ったところに、
 「ねえ、今日ぐらいは休んでいいんじゃない?
  今日だけ、ねぇ、今日だけは休もうよ?
  もう、遊びにいっちゃわない?」
 かみさんが、そう来る。
 「おいおい、そんなに甘いもんじゃないんだよ」
 こっちは、いきなり変わるんです(笑)。


 数秒前まで思ってたことと反対のことを言って、
 「おまえは気楽でいいよなぁ……。
  そんなもので夢が叶うなら、毎日休んでるよ」
 と、自分で言った言葉でシャキッとしてました。

 何かと言えば遊ぶチャンスを探してた
 かみさんだったとも言えるんだけど、
 でも、あれはカッコつけるためには、よかったです。
 やっぱり、女の前では、カッコつけたいもん。

 考えてみると、
 カッコつけるために、やってるんだもんなぁ……。
 たぶん、矢沢さんも、そうだと思う。
 あの年でも、カッコつけたいというのが、
 また、いいよね。



(※つづきます。感想はpostman@1101.comまで!)

2002-08-21-WED


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