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矢沢永吉、50代の走り方。

第21回 成功って、なんだろう?








若いやつら、方向性を失ってると思う。

人間て、食べること寝ることのつらさより、
暗い明日のことを想像するつらさのほうが、
大きいと思うんだ。

よく、子供の自殺がある。
あいつら、食うことじゃ不自由してないんだよ。
精神的な重荷のほうがすごくあるわけ。
やっぱり、目的を失ってるんだよ。



          『成りあがり』(矢沢永吉・角川書店)より





 

(※漫画家の板垣恵介さんの談話を、ひきつづきお届けします!)


【板垣恵介さんの談話・その2】


 矢沢さんの『成りあがり』とは、劇的な出会いでした。
 「あ、もう、出世しよう」と思いましたから。
 「この人と並ぶには、どうしたらいいか?」って。

 そう考えますと……。
 当時ぼくはボクサーを目指して、
 アマチュアボクシングを、やってはいました。
 国体に出場するぐらいではありましたが、
 かと言って、世界チャンピオンになれるほどの
 才能はない、ということは、半ばわかっていた。

 じゃあ、なんなんだ?
 そういうことを考えて、紆余曲折を経て。

 「どうやら、絵だ。
  自分は、絵を描くことだけはできる。
  じゃあ、イラストレーターなのか。
  いや、もっと儲かるものは……?
  マンガだったら、いけるんじゃないか」

 最初は、そういう、
 非常に山師的な考えでしたけど。

 どうやったら、ああいうふうになれるんだ?
 と、ぼくなりには、必死でした。

 矢沢さんと対談した時にも話したのですが、
 ぼくが持っている『成りあがり』って、
 もう、3冊めぐらいなんですよ。
 自分が弱気になった時とかに、
 しょっちゅう見直しているから、ボロボロになっちゃう。

 矢沢さんの『成りあがり』の中に、
 キャバレーを3軒ぐらい経営してる取締役に会う、
 っていう話がありました。

 「ぼくなんかまだナマイキ言ってても
  子供でよくわかんないんですけど。
  ほんとに社長さん、
  おひとりで全部これ作られたんですか?
  すごいですね。ちょっと聞かせてくれませんか?」

 矢沢さんが、そうやって、高校生ながら
 オトナを手玉に取ったって話がありましたよね。
 そこで、矢沢さんは、
 「君は見どころがある」って言われて、
 デール・カーネギーの『人を動かす』をもらった。

 「十回ぐらい、リフレインで読んだよ、
  えらい気に入ってね、
  キザに友だちの誕生日に贈ったりしたよ。
  無意識のうちに、ためになってるみたい」

 『成りあがり』には、そう書いてあった。
 ……で、ぼくも、カーネギーの本を手に入れまして。

 明日からにでも、役に立ちそうな言葉ばかりじゃない。
 非常に、身にしみました。
 それを読んで、そこから、願望達成的なジャンルの
 本を、けっこう読みあさったんです。

 いろんな本に共通するものがあった。
 どうやら、出世するには方程式があるみたいだった。
 「自分を信じこむこと」だとか……。
 自分を信じられるようになるためには、
 成功をイメージしろ、とか、いろいろな本に書いてある。

 「ふーん……そんなものかなぁ?」
 ハタチそこそこのぼくが読んでるわけで、
 「イメージすれば、成功する?
  だったら、みんな億万長者になってるよ!」
 そうやって、当然疑問を抱くわけなんです。

 でも、実はそこで大事なのは、
 「どうやったら、イメージができるのか」
 ってことなんですよね。
 これは、あとでわかったこと、なんですけど。

 「成功体験のない自分が、
  将来はこんな風になっている」
 という姿を、リアルに、夢としてじゃなく、
 予感として感じとることは、かなりむずかしい。

 成功体験のない自分は、日常生活において、
 失敗の体験のほうが、はるかに多いわけです。
 大多数の人が、そうでしょうけど、
 「こんなこともできないぼくが、
  どうやって、夢を達成するの?」
 と思えるような出来事が、
 毎日毎日起こるわけですよ。

 何かやろうとしたら、消しゴムが落ちて、
 それを取ろうとしたらつまずいただとか……
 「こんなちっぽけな、消しゴムを取ることさえ
  達成できないようなオレが、何が成功だよ!」
 その失敗の体験の積み重ねのほうが、
 ものすごくリアリティがあって、
 自分に迫ってくる
わけですよ。

 「おまえ、そんなんで成功できるのかよ?」
 そういう出来事ばかりが、起こるわけです。

 ましてや、ぼくは自衛隊を24歳で辞めてるわけで、
 バイトなんかに行っても、
 21歳とか22歳のヤツら、
 みんな、呼び捨てですよ?ぼくなんかのことは。

 自己嫌悪に陥るようなことが、
 日常生活で、もう、矢継ぎ早に起きてくる。
 ハタチだとか21歳そこらだったら、
 年長者に気をつかわないヤツなんて、
 いくらでもいますから。

 そんな中で、どうやって自分の成功のイメージなんて、
 リアルに持つことができるの?

 プライベートの時間に机に向かう。
 マンガに向かって、ほんとうに努力をしていると、
 ふつかに1回とか、3日に2回ぐらい、
 「あ、やれるかも」
 「この何もかもイヤな世界から、脱出できるかも」
 って、ちょっとだけの夢を見れるんですよ。
 ほんの、ちょっとだけ。

 鏡に向かって、「成功するんだ」と問いかけてみたり。
 そのころ、もう結婚してましたから、
 かみさんにインタビューしてもらったり。

 ハタから見たら、恥ずかしいことかもしれないけど、
 「有名になったら、
  絶対にいろんな人から取材がくる。
  そういう時、だいたい質問ってのは
  こういうふうになるはずだ。
  だから、成功した漫画家に問われそうな質問を
  オレに向けて、言ってくれない?」
 落ちこみそうになったら、よく、
 そうやってかみさんにインタビューしてもらった。

 こっちは必死だから、まじめに演ずるの。
 「小さいころから、絵が好きでしたか?」
 「大好きでした。
  はじめに、近所のアパートの壁に
  ガイコツを描いたのを覚えてます」
 「いま、成功なさってどう思いますか?」
 「苦労したかいがあって……」
 あくまで、まじめに答える。
 ありそうなこと、ぜんぶ話す。
 これは、人になんか、見せられないですよ?
 ほんとうに真剣にやってるわけですから。


 かみさんは、ちょっと苦笑しながらだけど、
 ぼくはほんとうに真面目に答えていた。
 そうやって、テンションを高めていって、
 地道に、マンガを描いていたんです。

 あとで漫画家になって、最初のインタビューが来た時、
 「よし来た!」って感じでした。
 「その質問も、あれもこれも、
  もう、ぜんぶリハーサルは終わってるよ?」
 と思いながら、質問に答えていましたもん。
 こっちはもう、アマチュアの時に、
 やりつくしていたんだからね。

 毎日仕事をして、
 家に帰っても寝る時間を削って、
 冬の寒い日は、眠気をおさえるために
 ストーブもつけないで、描いた。
 でも、結果が出ない。

 5年間。
 30歳をこえました。

 25歳の頃から5年マンガ描いて、
 5年目に、ようやくチャンスをつかんだ。



(※つづきます。感想はpostman@1101.comまで!)

2002-08-19-MON


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