21世紀の「仕事!」論。

21 パティシエ

第3回 父のタルト。

──
やや具体的な質問になりますが
チョコレートについて、お聞かせください。

チョコレートって、たったのひとかけらで、
女の人を幸せにしてしまうし‥‥。
エルメ
男性もね。
──
はい、そうですね(笑)。

女性も男性も幸せにしてしまうし
昔は薬だったという話も聞いたことがあって、
何だか神秘的なイメージが、あるんです。
エルメ
今日、時間ありますか?
──
時間?
エルメ
チョコレートについては
いくらでも、しゃべれるんですけれど。
──
何時間でも(笑)。
エルメ
まず、チョコレートは、
パティスリーにおいては必須の素材です。

で、絶対に欠かせない素材なのに、
それほど簡単には
自分のものにできない素材でもあります。
──
扱いが難しいんですか?
エルメ
説明が難しいんですけど
「近づきにくい素材」と言いますか。

たとえば「温度」の微妙な変化で
味、食感、見かけ‥‥
すべてが、敏感に変質してしまう。
──
なるほど。
エルメ
チョコレートで、こういう表現をしたい、
と思ったら、
そうするための厳しいルールがあります。

そのルールを守らなければ
まともなお菓子には、ならないんです。
──
デリケートなんですね。
エルメ
パティシエという言葉は
狭い意味では「ケーキ職人」のことですが
実際のところ
ケーキはカテゴリーのひとつでしかない。

ようするに「パティシエ」と名乗るには
ケーキだけでなく
チョコレート職人であるショコラティエ、
アイス職人であるグラシエ、
飴など砂糖菓子職人のコンフィズール、
その4つのカテゴリーを
しっかりマスターする必要があるんです。
──
4つ技能を極めてはじめて、パティシエ。
エルメ
そして、なかでもショコラティエ、
すなわち「チョコレート」のカテゴリーを
我がものにするだけで
おそらく「10年」はかかるでしょう。
──
はー‥‥。ちなみに、エルメさんって
どんなチョコレートが好きなんですか?
エルメ
難しい質問ですね。
さまざまなチョコレートが好きなので
これが、とは言いにくいです。

でも今日、ここへ来るときに
ある店でチョコレートを試食したんですけど、
それは非常にまずかったです。
──
なんと。
エルメ
酸味があって、苦味もあって、甘みもあって、
いろんな要素が混ざっていたんです。

どこの豆かも、よくわからなかったし。
──
ゴチャゴチャしてるのは、ダメですか。
エルメ
よくないですね。
──
では、エルメさんの好きなお菓子って?
エルメ
これも、あまりに多いので列挙できませんが、
ひとつ挙げるとすれば
「クエッチュ」というプラムでできたタルト。

それも、わたしが子どものころに
父がつくってくれたものが、いいですね。
──
おお、お父さまのタルトですか。
その思い出を、教えてください。
エルメ
技術的には非常に単純なお菓子なんですが
パートブリゼという生地の上に
クエッチュという名のプラムを載せて焼き、
シナモンシュガーをかけて食べる。

タルトそのものは、そういったレシピです。
──
なぜ、そのタルトが好きなんですか?
エルメ
そうですね、他と違うことがあるとすれば
「クエッチュ」というプラムの種類。

というのも、父の使っていたプラムは
クエッチュのなかでも
アルザス地方でしか、育たなかったんです。
──
生まれ故郷という
場所の思い出と一体化してるんですね。
エルメ
そう、そうなんです。

故郷では珍しくもないフルーツですが
他のクエッチュと比べると、独特な味。
加えて、
そのクエッチュを採りに行くことが、
幼少時の、わたしの仕事だったので。
──
エルメさんが採ってきたクエッチュを、
お父さんがタルトにしてくれた。
エルメ
はい。
──
ご自分でつくったりはしないんですか?
エルメ
同じものをつくろうとしたんですけど、
ちょっと難しくて。
──
難しい?
エルメ
自分の思い出のなかのタルトの味を
再現しようと思っても
なかなか、納得いかないんですよね。
──
では、商品化しようと思って
何回か試してるっていうことですか?
エルメ
お出ししているんですよ、お店でも。
でも幼いころの記憶とは違うんです。
※日本では販売していないそうです。
──
どこが違うんでしょう? 味ですか?
エルメ
父の腕とわたしの腕は違うってことかな。
──
それは、お父さんとエルメさんでは
腕の「種類」が違う、という意味ですか?
エルメ
いえ、「腕」そのものです。
──
つまり、お父さんの「腕前がすごい」と。
エルメ
はい。
──
えっと、お父さんは‥‥。
エルメ
パティシエでした。
──
ああ、そうだったんですか。
では、お父さんから教わったことも?
エルメ
あるとは思います。
でもやはり、お手伝いのレベルです。
──
というと?
エルメ:
14歳でルノートルへ入ったとき、
自分は、もうすでに
パティシエという仕事について
いろいろ知っていると
たかをくくっていたんですが
じつは、
何にもわかっていなかったということに、
すぐに気づきましたから。
──
では最後に、エルメさんは、
「パティシエ」ってどういう仕事だと
思っていますか?
エルメ
「人をよろこばせる仕事」です。
──
おいしいお菓子を食べて
人がよろこんでいる姿を見ると、
エルメさんも、うれしい?
エルメ
はい、自分のよろこびにもなります。

わたしのお菓子を食べて、
おいしいと言ってうれしくなったり、
あるいは、
わたしが発見した新しい風味を
「ああ、おいしい。食べてよかった」
と思ってくれたら、
こんなにうれしいことはないです。
──
わかりました。
本日は、ありがとうございました。
エルメ
こちらこそ。
──
ちなみにですが‥‥
そもそもお菓子が好きだったんですよね?
エルメさんって、幼いころから。
エルメ
もちろん。それはもう、大好きでしたね。

ちょっと好きすぎてしまって、
ごらんのとおりの、この体型です(笑)。
<終わります>
Photo:荒牧耕司

荒牧耕司(あらまきこうじ)
雑誌、ウェブなど幅広いメディアで活躍する
フォトグラファー。
まるで「人」であるかのように写す静物写真、
著名人やミュージシャンを撮った
静かで力強いポートレイトが、とても印象的。
また、荒牧さんに独特なのが
彩度の落ちた、浅い色調」に仕上げた写真。
オフィシャルサイトはこちら
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2015-04-30-THU
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