1929年のミッキー&ミニー。
 
アニメーションの技術革新と作り手の欲求
ほぼ日 ミッキーとミニー、ふたりは年を追うごとに
どんどん変わってきていますよね?
神田 そうですね。彼らのスタイルというものは、
1928年に誕生してから現在に至るまで
数限りなく存在するんです。
 
ほぼ日 はい。
神田 いちばん左が誕生したころのミッキーです。
最初のころからよく動いていましたが、
身体が棒っぽいせいか、動きをつけると
どうしても堅い動きになっていたんです。
ほぼ日 ほぉ。
神田 しばらくしてディズニー社内で
キャラクターを躍動的に描く手法が生まれました。
体積が一定の中で、
身体を伸ばしたり縮ませたりすると
すごくスピーディーで
おもしろい動きが表現できる、というものです。
 
ほぼ日 体積が一定で???
伸ばしたり縮ませたり???
神田 たとえば‥‥解りやすい例えで言うと、
走りながらカーブを曲がろうとしたときに、
身体がギューンと伸びて戻る、みたいなシーンを
ご覧になったことありませんか?
ほぼ日 あぁ、ありますあります!
ギューンと伸びたあと、
パチンと戻るの見たことあります!
神田 あれです。
あれがその手法です。
ほぼ日 ははぁ、なるほど。
神田 その手法が発見、使用され始めたのが左から2番目、
ちょうど今回のカバーに使われた
ミッキーのころです。
で、その隣りが1940年代、
『ファンタジア(※1)』のころのミッキー。

※1ファンタジア
1940年公開のミッキーの長編映画。
セリフがなく、クラシック音楽に合わせて物語が進んでいく。
ミッキーが扮するのは「魔法使いの弟子」。

ほぼ日 帽子で『ファンタジア』だってわかりますね。
神田 これまでのミッキーは黒目だけだったんですが、
この時代から白目がハッキリとついたんです。
これは、ウォルトの「より深く感情表現させる」
という意図が込められています。
笑った感じ、悲しい感じ、そういった表情を
作品内でしっかり見せたかったんですね。
 
ほぼ日 『ファンタジア』、スゴイですもんね。
あれがいまから70年前の作品とは‥‥。
神田 それ以外にも、
ミッキーの耳の内側を描く、という挑戦を
している時期なんかもあるんですよ。
ほぼ日 耳の中をですか?!
神田 耳の中がグレーで塗られているんです。
 
ほぼ日 わ、ほんとだ!
あんまり見たことないかも。
神田 『ファンタジア』のすぐ後、
1941年ごろのものです。
こんなふうにアニメーション技術の進化や
作り手のより良い作品への欲求などがあったりして、
ミッキーのデザインは変わっていきました。
その一方で流行を追いかけることもあったんです。
ほぼ日 流行、ですか?
神田 1950年代にイラストレーター、
メアリー・ブレア(※2)の作風が
流行った時期があるんですね。

※2 メアリー・ブレア
『不思議の国のアリス』や『シンデレラ』などを
手がけたイラストレーター。

ほぼ日 はい。
神田 その作風全盛のミッキーのスタイルは、
少し直線的で平べったい印象なんですよ。
 
ほぼ日 へぇー!
ミッキーにも流行とかあるんですね。
神田 ありますあります。
もっと言ってしまえば、
商品においては、ミッキーの顔が国ごとに違う、
なんていう時期もあるんです。
ほぼ日 えぇっ?!
神田 1929年のミッキーのイラストの話のときに
アイラインのところを眉毛だと思った、
とおっしゃってましたが、
日本のミッキーは1990年代後半くらいまで
眉毛のあるミッキーだったんです。
 
ほぼ日 あ、ほんとだ。
神田 日本人にとって、
このミッキーがすごくかわいく見えたんでしょうね。
ほぼ日 たしかにすごく馴染み深い感じがします。
神田 このようにそれぞれの国の
趣味や嗜好の違いによって
ミッキーの顔に少しずつ違いが生じていました。
でも、この事態を重くみたディズニー本社が、
「ミッキーマウスはこういうキャラクター」という
世界共通のレギュレーションを決め
1冊のバインダーにまとめたんです。
それが「standard character guide book」、
通称「バイブル」です。

(今日はここまで! 明日もお楽しみに!)
2010-12-13-MON
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